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私は信じる

 私は幼い頃から歌が好きで、どこで歌うにも物怖じをしませんでした。子どもの頃、両親が私に歌を歌わせると、当時流行って(はやって)いたキム・チュジャの「一杯のコーヒーを注文して」を必ず歌いました。
 中学校時代、音楽高校に進学したい思いがありましたが、家庭の事情でできませんでした。しかし、私の母は、歌に対する私の情熱を、へそくりを出してまで励ましてくれ、応援してくれました。高校時代には、交通費を節約して音楽会に行ったものです。
 そして、神様の恵みで大学に進学し、声楽を勉強するようになりました。大学で歌を勉強するうちに、神様から、別の召しを受けました。私は、「神様を歌う」とは言っていましたが、その当時の私の姿は、本当の賛美の姿ではありませんでした。歌の中心が神様に向かってはいなかったのです。
 そのことを通して、私の人生の目的、生きる目的が主にあることを確信し、決断し、告白するようになりました。
 私の歌の目的はイエス・キリストであることを自然に歌うようになりました。
 私の歌は、主の十字架の力にあると私は信じます。この世が私に後ろ指を差すことがあったとしても、私はイエス・キリスト、生きておられる神様だけを歌い続けます。

 
 
 

PROFILE


 林美貞は、1966年7月27日、韓国ソウルの東大門で生まれ、金星小学校、恵園女子中学校、徽慶女子高を経て、長老会神学大学教会音楽科で声楽を、同大学院で神学を勉強した。
 幼い頃から歌が好きで、大勢の人の前で歌うことが自然な環境で育った。
 中高時代、連合重唱団を通して賛美活動を始め、1985年、大学2年生のときに、第4回極東放送ゴスペル大会で金賞を受賞したことを契機に、本格的に賛美の働きを始めた。
 4回大会の入賞チームで構成された「賛美する人々」のメンバーとして1987年〜1992年まで活動し、3枚のアルバムを通して“その愛”、“いつも近くに”“どれほど痛いだろうか”“いつでも私の姿を”“主だけによって”などを歌った。
 1992年、結婚と共にソロとして独立し、ファーストアルバムで“主だけによって”“ときどき”などを歌い、2001年、8年ぶりのアルバムである「主のそばに」を通して“強くあれ”“偉大な神様”“インマヌエル”などを歌った。
 1992年、朴鐘弼宣教師と結婚後、1993年10月から日本の宣教師として献身し、1996年まで第1期、1997年から2005年まで、現在第2期の働きをしている。
 2005年現在、ブリッジビルダーズ派遣宣教師として日本に遣わされて13年目になる。朴鐘弼宣教師との間に長女安那(6歳)がいる。
 

 
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